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直方簡易裁判所 昭和38年(ハ)165号 判決 1967年4月17日

原告 国

訴訟代理人 高橋正 外八名

被告 石橋美人 外八名

主文

原告に対し、

被告石橋美人は金千七百二十八円、

被告山本格一は金三万九千百六十二円、

被告岩橋隆夫は金二千九百二十六円、

被告井上凱仁は金二千二百六十二円、

被告小野道春は金六千四百六十八円、

被告山崎晃は金千二百十八円、

被告太田勝彦は金四千二百二十四円、

被告石井堅治は金七千三百八円、

被告菅原豊は金七千百二十八円、

及び右各金員に対し各自、昭和三八年六月一七日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

被告等がいずれも原告(所管九州地方建設局)に雇傭される国家公務員法第二条の一般職員に属する職員(被告太田、同菅原は建設事務官、その他の被告等は建設技官)で、建設省遠賀川工事事務所に勤務するものであり、昭和三八年一月乃至三月現在の給与月額(俸給と暫定手当の合計額)が原告主張のとおりであつたこと、被告等が昭和三八年一月分乃至三月分の給与全額を受領していること、被告等が原告主張の日時頃(昭和三八年五月二七日頃)原告主張の過払額を同年六月一六日までに返納するよう納入告知を受けたこと、被告等が当時その主張の如き組合の役職にあつたことは、いずれも当事者間に争がない。

次に被告等が原告主張の如く無断欠勤をしたか否かの点を検討すると、〈証拠省略〉を綜合すると、各被告等が原告主張の日時にその主張のとおり(別紙無断欠勤調第一表乃至第九表参照)勤務時間内に勤務しなかつたことを認めるに充分であり、この認定に反する証拠はない。ところで、一般職の国家公務員が勤務時間内に勤務しなかつたときはその勤務しないことにつき特に承認のあつた場合を除きすべてその欠勤時間数に相応する給与を減額されることは、給与法第三条第一五条第一九条人事院規則等に定められるとおりであるが、被告等は、建設省遠賀川工事事務所においては当局側と全建労直方支部との間に、十数年来勤務時間内組合活動の為勤務しなかつた場合、給与支払については出勤扱いとし、給与を減額しないという労働慣行が確立していたと主張するので考えると、〈証拠省略〉を綜合すると、建設省並びにその出先機関たる各地方建設局、各工事事務所部内においては、昭和三六年始頃までは勤務時間内組合活動等の為の無断欠勤に対処する当局側の方針が確立していなかつた為、その処置も各地方建設局各工事事務所毎に区々で、殊に組合勢力の強い工事事務所段階では当局側が組合の圧力に押されて、混乱を回避することにのみ汲汲とし、当然とらなければならない処置も情勢によつては紛糾を恐れてこれをなさず、本来支払うべきか否か疑問のある給与を支払つていた事例もあつたが、昭和三六年三月頃建設大臣訓示が出されるに及び、当局側も漸やく勤務時間内組合活動について、出勤扱いとするものと然らざるものとをある程度区別した一定の枠を設けこれを規制(第一次規制)する姿勢をとり、同年一〇月頃には工事事務所長会議を開くなどして給与減額の対象となるものと然らざるものとの基準を定め、更に昭和三七年六月一日よりは先の基準を絞り一層之を強化して第二次の規制を実施した。しかしながら、この規制の完全実施も、当局側と組合との勢力関係に左右される傾向が見られ、工事事務所段階では必ずしも実行されないことがあつた。勿論その間においても、勤務時間内組合活動で勤務しなかつた職員に対し給与の減額措置がとられ、これに対し組合側より抗議交渉があり、その都度紛糾した事例もあつたが、全般的に見て二次に亘る規制にも拘わらず、当局側の足並は完全に一致したものとは言い難い状況であつた。尤も以上の規制も未だ勤務時間内の組合活動を全面的に禁止したものではなく、ある一定範囲のもので予め管理者に届出た場合はこれを出勤扱として承認する取扱いもなされていた。以上のような状態は昭和三八年前半まで続いたが、同年八月一六日からは全面的に規制の完全実施が行われるようになり、勤務時間内の組合活動に対しては一切給与を支払わないことに統一し現在に至つた。これを被告等の勤務する遠賀川工事事務所について見ると、ここでも従来組合勢力が強かつた関係で、事務所当局側は組合の圧力に押され勝ちで時には混乱を恐れる余り、給与法の規定によれば明らかに給与の減額をしなければならない無断欠勤についても之を不問に付する傾向も見られたが、さりとて全然放任していた訳でもなく、昭和三六年の春季闘争(いわゆる定員化闘争)、同年一〇月の統一行動(いわゆる不当行政処分撤回闘争)、昭和三七年のメーデー参加者等に対してはある程度給与の減額措置をとつたことがあり、その他にも個々の時間内組合活動に対し個別的に減額措置がとられたこともあつた。そして当局側が給与減額措置をとる場合、主として当局側の一方的資料により処理していたが、昭和三七年一〇月頃偶々その減額に誤まりを生じ紛糾したので、同年一一月分以降は給与事務の円滑と正確を期する意味で組合側に無断欠勤の日時を確認させることになつた。以上の事実が認められるが、之を要するに、建設省当局の方針が一貫しなかつたことと、管理者側の労務管理の不徹底さもあつて、組合との摩擦を避けるため勤務時間内に組合活動のため勤務しなかつたことが判明している場合にも、給与の減額措置をとらなかつた事例が可成りあつたことは認められないでもないが、これは管理者側が組合支部の圧力に抗しきれず、給与減額の措置に踏切り得なかつた結果に過ぎず、被告等主張の労働慣行に基づいた処置であつたものとは認められない。したがつて遠賀川工事事務所当局が、勤務時間内の組合活動のための欠勤のすべてを出勤扱いとすることを承認していたこと、即ち組合支部と遠賀川工事事務所当局との間に、勤務時間内に組合活動の為勤務しなかつた場合すべて之を出勤扱いとし、給与の減額を行わない趣旨の労働慣行が確立していたことまでは到底之を認めることはできない〈証拠省略〉。尤も、本件当時たる昭和三八年一月乃至三月頃までは未だ当局側で勤務時間内組合活動を全面的に禁止していた訳ではなく、限られた規制の枠内のものについては出勤扱いとする場合もあつたことが疑われるので、本件無断欠勤時間の中にも或いはこれに該当し給与減額の対象外のものもあつたかも知れないが、被告等は単に勤務時間内組合活動のすべてを出勤扱いとする労働慣行があつたと主張するのみで如何なる種類の組合活動が規制の枠内にあつたものか、又本件無断欠勤時間中のいずれの部分がその枠内のものであつて給与減額の対象外のものにあたるかについては、具体的に何等主張立証しないところであるから、被告等の右抗弁は爾余の点の判断をするまでもなく到底これを採用することはできない。

次に被告等は法定の支給方法に基づいて支給された給与が不当利得となることはないと主張し、その根拠として給与法第九条その他をあげているが、同法条は原告主張のとおり単に給与の支払手続を定めたものにすぎず、実質的な権利関係、即ち支払われた給与全額を直ちに受給者に帰属させることを定めた規定ではないと解するを相当とするのみならず、給与の本質、即ち、給与が勤務の報酬である点より見ても、本来勤務すべき時間内に管理者の承認なくして勤務しなかつた者がその月の給与全額の支給を受けた以上、その勤務しなかつた時間に相当する給与額は当然過払されたものというべきところ、前段認定のとおり被告等は管理者の承認を得ないで、それぞれ昭和三八年一月乃至三月までの間に、勤務時間内に勤務しなかつたにも拘わらず、当該月分の給与全額の支給を受けたものであるから、勤務しなかつた時間に相当する過払分の給与は後日給与法の定める減額手続により精算を受くべき筈であつたが、本件の場合その減額措置がとられなかつたので、結局被告等は法律上の原因なくして過払分の給与に相当する利益を受け、これがために原告に同額の損失を及ぼしたものと謂うべきであり、この理はたとえ被告等が組合役員であつて、熱心な組合活動家であつたとしても何等影響を及ぼすものではない。ところで、給与法は過払給与の精算方法として、その第一五条、第一九条、人事院規則等に給与の減額手続を定めており、この方法によることが最も簡便かつ適当ではあるが、必ずしもこの手続以外の方法による返還請求を禁じている筋合のものでもなく、若し時期に遅れた等のため減額の方法によることが不可能となつた場合には、不当利得返還の方法により過払分の返還を求むることは当然許されなければならないと謂うべきであり、本件の場合、被告等に対しては昭和三八年五月二七日頃まで減額手続がとられなかつたため、原告としては既に時期を失したものとして減額措置によることを諦めたものであるから、最早や減額措置による清算方法は不可能となつたものであり、不当利得返還請求による方途が残されているのみであると謂わなければならない。続いて、被告等の非債弁済の抗弁について考えて見ると、昭和三七年一一月以降遠賀川工事事務所当局と組合支部との間に給与の減額についてはその円滑と正確を期する為欠勤日時を組合に確認させる申合せがなされていたことは前段認定のとおりであるところ、〈証拠省略〉を綜合すると、遠賀川工事事務所当局は昭和三八年一月分給与について減額事由を察知したので、同年二月四日頃これが確認を求むるため組合側と事務折衝を開始したが、組合側は給与減額を前提とする欠勤日時の確認要求には一切応じないという態度で臨み、結論に達するには至らなかつた。その後同年二月分及び三月分についても各翌月の上旬頃、いずれも減額についての確認のための折衝がなされたが、組合側の態度は前同様で当局側の要求に応ぜず爾後同年五月九日頃まで通算六回に及ぶ折衝を重ねたが、組合側は出勤扱いとする範囲についての交渉にのみ終始し欠勤日時の確認には応じなかつた為、その間当局側は無断欠勤時間数の確認に困難し、減額すべき給与額の確定ができなかつたのでやむなく同年一、二、三月分給与についての減額措置を留保し、後日確定次第減額措置をとるべき旨を組合側に通告して一応給与全額を支払つたものであることが認められる〈証拠省略〉。

右認定のとおりであるから結局は原告が被告等に対し債務の存在しないことを知りながら、本件給与を支払つたことを認めるに足る証拠はないことに帰する。なお、遠賀川工事事務所当局と組合支部との間の給与減額について組合の確認を得る旨の前記申合せは、給与事務の円滑と正確を計るためなされたものであつて、組合の確認なくしては絶対に減額が許されない趣旨のものではないと解するので、組合側が確認を求められたにも拘わらずこれに応じなかつた以上、原告は自己の有する資料のみで一方的に減額措置をとり得ることは当然である。したがつて原告が減額措置の時期を失したため、これに代る措置として本訴請求に及んだことは極めて自然の理であり、被告等の非債弁済の抗弁も亦爾余の点の判断をするまでもなく採用することはできない。

以上説示のとおりであるから、被告等は本件過払を受けた給与額をそれぞれ返還しなければならないことになるところ、被告等がそれぞれ受領した昭和三八年一月分乃至三月分の給与総額が原告主張のとおりであることは当事者間に争のないところであり、又右期間内における被告等の無断欠勤時間数が原告主張どおりであることも先に認定した通りであり、更に又給与法所定の計算方法(原告主張のとおり)によつて算出すると、被告等が減額せらるべき給与額即ち過払を受けた金額も原告主張のとおり(各被告の給与月額、無断欠勤時間数、過払を受けた額等の詳細は別紙無断欠勤調第一表乃至第九表記載のとおり)であることは明らかであるから、被告等に対しそれぞれ本件過払金額及びこれに対する昭和三八年六月一七日(原告が被告等に対し返納を告知した期限の翌日)以降完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求むる原告の本訴請求は全部理由があるので、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、第九三条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 内野栄次)

別紙第一乃至第九表〈省略〉

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